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2009年1月10日 (土)

自分の「鬱」の場合(8)

1年以上間隔が空いてしまいました。自分の記憶もあやふやなので、当時のブログを読み返しながら書いています。(^_^;)

前回は、2007年の9月に5回目の休職までを書きました。

2007年の秋から冬にかけて体調的に不安定さはあるものの、ある程度回復することができました。主治医、会社の産業医などと相談の上、12月の中旬に5回目の復職を果たします。

同期の人事のはからいで、前部署に所属しつつ、製造応援という形で製造部門で働くことになりました。製造では、決まった作業をこなすのであまり精神的な負荷がかからないことと、やった分だけ成果が見え達成感が感じられるからというのが理由でした。ホントに人事の同期には感謝、感謝です。病気への理解もあり、社内でネゴしてくれるので心強いサポーターでした。

復職して1ヶ月半ほどは、マズマズ順調に行きました。
2ヶ月過ぎに一度体調を崩しかけましたが、この時はなんとか復活できました。 ただ、この頃から少しづつですが、自分の気持ちに変化が起きはじめていました。自分でも気づかないうちに・・・

2月の終わりにショッキングな出来事が起こります。
強力なサポーターだった人事の同期が突然の退職。知ったのは最終日の午後でした。 何度も感謝の言葉をかけました。ただ、彼がいなくなったことで、自分の心細さも増すことになりました。

この時点での私にとっての課題は、仕事との付き合い方が定まっていないことでした。 技術職としてバリバリやりたい反面、戻りたくない気持ちもあるし、経済的なことを考えると・・・
結論の出ない考えが頭の中でグルグル・・・
自分自身がストレッサーとなり、自分で自分を攻撃します。
しっかりやらないと職を失うのではないか?
十分な稼ぎが得られなくなるのではないか?
そんな恐怖感との戦いでした。

製造の仕事自体はやっていて面白かったです。物を造って出来上がるということは喜びがありますから。ただ、自分の気持ちとしては、仕事のステータスでは技術が上で製造が下という認識でいました。
今考えるとホントに無意味な比較ですが、自分自身のステータスが落ちた気分になっていきました。思っても仕方の無い事実ですから、普通に受け入れれば良かったのですが、当時はそこが頭では理解していても気持ちが納得しない状態でした。

この時の私の最大のミスは、コミュニケーション不足でした。
相手はどう考えているのか?自分はどうしたいのか?ということを周囲の人達とコミュニケーションが全くとれていませんでした。

結果的に自分自身の解釈に溺れ、悪循環にハマっていきました。
睡眠が乱れ、会社への出社のハードルが高くなり、休みがちになりました。

特に3月中旬~4月中旬、GW明けはきつかったです。
GW明けも休みがちでしたが、なんとか復調気配になりかけていた矢先に祖母が急に亡くなりました。葬儀などで数日会社を休んだら、もう出社できない状態になっていました。

「もうだめだ。。。」と嫁さんに伝え、予定よりも早く通院して診断書を書いてもらいました。
泥沼の6回目の休職です。この時は、気力がゼロになってました。

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